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ハニマロ
Fine food, natural life and you make me happy.
Mr.Tsuyoshi Takashiro
高城剛さんの有料メルマガより、、オーガニック革命など世界なかを旅してグローバルな視点での発信をされている自由人でありクリエイターの高城剛さん。
沢尻エリカさんとの一件でイメージのよくない方もいるかと思いますが、私は彼の感性が好き。実際ワイヤードカフェでお目にかかったときも笑顔の優しい方でした。

高城さんのWebサイトブログも世界の息づきが感じられ写真も美しいのでぜひ見てみてくださいね!
http://blog.honeyee.com/sp/ttakashiro/

さて、高城剛さんの有料メルマガにマクロビオティックのコラムがあります。工藤碧主叶さんは同じ門下で活躍されるインストラクターの方、講師とともにあちこちでその文才を活かされています。

こちらでの久司先生の功績の記述。
マクロビオティックについて知らないこともよくわかるので皆さんにシェアさせていただきます

久司先生は、第二次世界大戦の後半は、学徒出軍の訓練のため、九州におられましたが、出兵することなく、鳥栖で終戦を迎えました。
隣県の長崎での原爆被害を目の当たりにし、「戦争は決してしてはいけない。世界が平和であるためにはどうしたらよいのか?」ということを深く考えるようになったそうです。
そして、東京大学法学部政治家を卒業し、さらに、世界連邦(国境や党派を超えて世界が1つに、戦争のない世界を目指す考え)を学ぶ為に、世界連邦の東京事務局の門戸を叩きました。
そこで事務局長を勤めていた桜沢如一先生に出会い、「世界連邦の元は食である」と説かれたことがきっかけで、桜沢先生の指導の元、マクロビオティックを学び始めます。
そして、久司先生が23歳の時、留学で渡米しますが、そこには戦争を体験した久司先生の並々ならぬ決心がありました。
留学直前に、桜沢先生が久司先生をご自分の執務室に呼び、「君は何の為にアメリカへ行くのか?」と尋ねたところ、久司先生は「パールハーバーの罪を償い、アメリカ国民の健康の責任を負うため。」と答えたそうです。
これには、桜沢先生も思わず襟を正したという逸話があります。
そのような決心のもと、久司先生は渡米し、アメリカの「食」を改善する為に奔走します。
現在のアメリカは、オーガニック・有機栽培など、健康食は日本より生活に浸透していますが、これは久司先生がアメリカに初めて「自然食品店」を作ったことが由来です。
当時は、アメリカでも有機栽培をしている農家はほとんどなく、久司先生とアヴェリーヌ先生(当時の妻)は、見知らぬ土地で、農家の方々に「有機栽培をしてもらえませんか?」と頭を下げて回ったそうです。
そうして、ようやくアメリカ初の自然食品店「Erewhon(エレホン)」を立ち上げます(現在もエレホンは存在していますが、経営は別の方です)。
しかし、アメリカ当局からすれば、見知らぬ外国人がやって来て、食事で健康を取り戻すという考え方を啓蒙する店は、「怪しい」意外にほかなりません。
不必要に店に入り、調査を繰り返し、たまたま持っていた鍼灸用の鍼を見つけ、「医療器具を扱うのは違法である」という大義名分において、久司先生一家を町から追放し、引っ越しを余儀なくされました。
当時の様子を次男で、医師である久司ハルオ先生は「私達はアメリカで生まれたにもかかわらず、このような状態の中、イミグレーションさえ危ぶまれていた。」とのことで、ややもすれば、人権侵害の一歩手前のような状況だったと言います。
そのような逆境にもめげず、別の場所でエレホンを開店し、地道にマクロビオティックを伝え、ついには、Kushi Instituteというマクロビオティックの学校をボストン郊外に設立するまでになります。
また、評判を聞きつけ、有名なホテルチェーン、リッツの社長であったホルスト・シュルツ氏が医師に見放されるほどの重篤な癌を煩い、わらをもすがる想いで久司先生の元を尋ねてこられました。
シュルツ氏はマクロビオティックのヒーリングの食べ方で、見事復調することができ、リッツで本格的にマクロビオティックの食事を提供出来るよう、シェフ達のトレーニングを行いました。
以来リッツでは事前の予約があれば、マクロビオティックの食事を頂けるのだそうです。
そして1970年代半ば、アメリカでは心臓病や癌を煩う人が急増し、医療費が1180億ドル(約25兆円)まで増大し、財政的危機を迎えます。これに伴い、民主党のマクガバン上院議員がコリン・キャンベル博士の「The China Study」(中国全域の食生活と疾患、寿命を調べたコホート研究)を元に「マクガバンレポート」を作成し、政府に報告します。この報告書の内容をかいつまんで言うと、高脂肪の動物性食品・乳製品・卵などを減らし、できるだけ精製しない穀物や野菜、果物を多く摂取するように勧告したものです。
このように「健康の元は食事である」という意識改革が起こり、マクロビオティックも注目を浴びます。
1976年にはジョン・レノンが久司先生に面会に来られ、1988年には「マクロビオティックによるエイズの治療」という内容の講演を行ないました。
当時はエイズに関する医学的知識は殆どなく、エイズ患者は医師からも見放され、その多くが治療もできない状態で隔離されながら死を待つより他はないような状態だったと言います。
得体の知れない病気を煩った患者達に世間の目は冷たく、誰も近づかない中、久司先生は彼らの元に自ら出向き、マクロビオティックの食事で治療を行いました。
30人の被験者の協力を得て、ボストン大学と共同で血液検査を行なった所、2年で白血球が正常にもどり、完治したのです。
この功績は大きく、1999年米国国立歴史博物館「スミソニアン」に久司先生の資料が殿堂入りし、クシファミリーコレクションとして永久保存され、現在も展示されています。
ちなみに、スミソニアンで殿堂入りした日本人は久司先生だけになります。

振り返れば、最初の自然食品店「Erewhon(エレホン)」立ち上げた時には、見知らぬ外人ということで、必要以上に厳しい扱いを受けたこともあったにも関わらず、最終的にはアメリカの歴史に一石を投じた人物として評価されました。
また、久司先生が他界された昨年末、第一報を聞きつけ、スミソニアンから直接お悔やみが届いたということでした。
私はマクロビオティックの先駆者である桜沢先生や久司先生を「先生」と呼ばせていただいておりますが、時としてそういった行為が「盲信なのではないか?」というご意見をいただくこともあります。
しかしながら、もし、自分が23歳の時、このような壮大な決心と夢を抱き、誰も頼る人もない土地で、時には後ろ指をさされ、頭を下げながら、地道にマクロビオティックの活動を続けることができるのかと客観的に考えてみても、正直、自信はありませんので、やはり、久司先生とアヴェリーヌ先生を敬仰せざるを得ません。

久司先生と同じく、桜沢先生の直弟子である田中愛子先生(現在もご活躍中です)の授業を受けたとき、受講生に対して、「あなた方は選ばれた人達なのね。だって、ほとんどの人はマクロビオティックと出会わずに人生が終わるのだから、あなた方はとても恵まれているのよ。」と言われたことがあります。
マクロビオティックは「巨視」です。久司先生は口癖の様に「2000年先の事を考え、バトンをつなぎなさい。」と言われていましたが、今という大変な時代に、先々の人類や環境を見据えて考えることや全てを包括する大きな見方は必要なことなのorganic.png
ではないかと思います。
より多くの方に、たおやかに、私なりのお伝え方で、世の中にある健康と自己実現と幸せの為の沢山あるツールの1つとして、マクロビオティックを継続していきたいと改めて思いました。
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